Mさんから

公共緑地に関わる活動をしているMさんからメールをいただきました。
了解いただいて、一部、ご紹介いたします。

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追補版データ、ありがとうございました。

こうした活動を始めてまだ日が浅いのですが、日本的市民活動がどっか貧しいのは「官か民か」というような発想だからかな〜と感じます。
アメリカの活動など聞いていると「公と私」がありそのどちらに対しても自分の役割を果たそうとしている、ということのようで、とても自然な感じがしています。
うらやましい、とばかり思っているわけではないのですが、日本でもこうした自然な考え方を広めていけたらいいな〜っと思いますね。
いい年して、遅まきながらこんな活動を始めてしまった私としては、若い人がどんどんこういう活動の流れに入ってくれると嬉しいな〜っと思っています。

「公と私」と言う言葉の元は、サンフランシスコ公園ネットワークのNPO(SanFranciscoNeighborhoodParksCouncil)代表であるイザベル氏の講話にあります。
私も公共緑地に関わる活動をしているのですが、例えば都立公園の中の花壇は「東京都のもの」と言う先入観を持っていて、そこで活動を「させていただく」と言う立場になってしまう・・・というか、役所に話を持ち込むと、そういう視点での○×を下されるので、そういうものだといつの間にか思い込んでいた。。。まさに行政もそうした「思い込み」を、何の疑問も持たずに、してきているのだと思います。
とある公園で、ボランティアワークの活用での花壇管理という話が出たときに行政関係者の口から「◎◎公園でボランティアできるステイタス」と言う言葉が、出たときには、最初はあーんぐり、としながら、だんだんそのムードに流されつつある自分に気づかないでいたのです。
イザベル氏の話の中に「一番重要なのは、公共の緑地はあくまで公のものであって決して政府(行政)のものではない、ということ」という言葉が出てきて、その瞬間、目からウロコが50枚くらいはげ落ちました。
そうだーーー!役所は管理する責任を持っているだけのことで、本来の持ち主は、私も含めて、全ての地域の人なんだーーっと。
先入観と言う「落とし穴」にはまっていたんだということがわかった瞬間でした。でもこういう「思い込み」って、市民にも行政にも共通に、ありがちではありませんか?
うまく「そうじゃないよー」ということを、重くない形で伝えていきたいなーと思いながら、活動を続けています。

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私の場合、娘の保育園の保護者会のニュースで一度、
「保育園は誰のものか?」という原稿をかいたら、
所長さんからえらい文句をいわれたことがありました(笑)。
いまこの社会をつくりかえていくうえでとても重要な発想なのだと思うのです。
Mさんありがとうございました。(に)

投稿者 nishikawa

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